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静謐な空間と時間の感覚  安河内宏法(京都市美術館学芸員)

任田進一の作品には音がない。音楽作品ならまだしも、写真作品をこのように評すること
は奇異に思われるかもしれない。しかし任田の作品を見ていると、音がないという感覚を
はっきりと覚える。なぜか。主たる理由は、色数が制限されていることにあるだろう。漆
黒の暗闇の中に浮かぶ白い煙。白と黒によって秩序付けられたその作品は宇宙空間や深海
といった静謐な空間を連想させる。と同時にこの静謐は、任田の作品が時間の感覚を与え
てくれることによって強調されるだろう。
そもそも任田は水槽の中に水をはり、その中に生じさせた土煙を撮影している。水の中で
勢いよく広がったであろうその土煙は、雲のような柔らかな質感を持っている。それは、
中心へ向かって巻き込んでいるようにも、あるいは逆に外へ向かって広がろうとしている
ようにも見えるが、いずれにせよ人の手で作りだしたものとは思えない有機的な動き方を
している。
有機的な動き。先に任田の作品を時間の感覚を持っていると言ったのも、こうした理由に
よる。土煙は動いている。連作のように展示会場に並べられた作品群を眺めていると、そ
うした感覚はいっそう強くなる。そして、作品に写し出される動きを強く感じれば感じる
ほど、逆説的に沈黙は強調される。土煙はまるでそれが生きているかのように動いている。
ならば当然そこに音が鳴っているはずなのに、何も聞こえてこない。任田の写真の完全な
沈黙は、そのようにして生まれている。