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個展:neutron 京都 / 2011年 1月25日 〜 2月13日
終了致しました。ご高覧頂いた方々、本当にありがとうございました。

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ファインダーを覗く者にしか、見えない光景がある。それは部屋の窓からの絵画の風景とも、普段何気なく過ごしてい
る中で「見える」事象とも違う、限りない緊張感と狭い視野によって生まれる現実のパラレルワールドであり、それを
目にすることはカメラを構える人間にしか許されない。写真は事実の記録であるとの認識は、半分は当たっているだろ
うが半分はそうとは言えない要素を孕むのは、そこに映る出来事はこのような限定的な視覚の基に成立する現実のトリ
ミングであるため、そこには写真家ないしカメラマンの物の見方や癖が多分に入る余地があるからだと言えよう。だか
らこそ写真を撮る者は、己の世界への対峙の仕方をはっきりと認識しておく必要がある。それが揺らいでいては、偶然
の産物としての面白いハプニングが映ることはあっても、およそ時代の中で強烈なメッセージ(同時代の物の見方を変
化させるもの)を発することは出来ないであろう。そう、絵画や彫刻、ビデオアートがそうであるように、写真もまた
時代における革新性を持つものでなければ、真の美術表現と言う事は出来ないと考える。シャッターを押せば映る便利
な道具だからこそ、カメラを持つ者の責任や覚悟は重大でなければならない。それを持たないのなら、映った景色や愛
しい物事を個人的に愛するに留めれば良い。
 任田進一は、目の前の出来事がカメラを持たなければ何気なく通り過ぎる光景であることを自覚しながら、その上で
カメラを構えることを決意し、この世界の中で静かに訴えかける現象を映そうと考えている。どこともない野原の草む
らの群生にレンズを向ける時、その被写体が何であるかを覚えるよりも、ファインダーを覗いた時にこそ感じる生々し
い息吹や気配にこそ、写真家を興奮させる何かが存在することを知っている。それがどんなに圧倒的な巨大スケールの
風景であっても、テーブルの上の皿の中の出来事であったとしても、ファインダーの中では万物が等距離に存在し、そ
こに向けられる視線は一点のみに集中される。だからこそ写真家は静かなる感動の中に世界のもう一つの事実を知った
気分を味わい、それを記録することが使命であるかのような切迫感にすら駆られるのである。
 映すものは自然に存在する、ありのままの現象とは限らない。任田が試すように、箱庭のような限られた器の中に自
らが意思を持って事物を配置し、あるいは起こすことによって、そこには確かに風景が生まれる。それを「現実」と呼
ぶか「空想」とするか、はたまた実験として「仮想現実」と名付けるかは自由であるが、いずれにしろ存在している事
であるのは間違いない。むしろ検証すべきことは、手つかずの自然現象(この場合の自然は都会の反意語としてのもの
ではなく、あくまで作為の反対としてものである)と違い、写真家が作り出す箱庭的世界には必然的に彼の思惑や哲学
が限りなく忠実に反映され、言わば都合良く発生させられた出来事であるという点であろう。これについて、否定的な
見解を持つことは容易い。例えば「写真は事実を映すものであるべきだ」「風景を生み出すのは写真家の仕事ではない」
などなど・・・。しかし、それならば画家の仕事はどうなのだろう。森を見て、イーゼルの上のキャンバスにありのま
まの風景を描かなかったとしたら、それは罪なのだろうか。映像におけるCG は、ニュース映像で流れなければ多くの
人に素直な驚きを与えるではないか。写真という古風なメディアだからといって、今この時代に新しい実験を行っては
いけないなど、誰が言うことが出来よう。少なくとも任田進一が見せようとする光景は、現像された紙の上ではありの
ままの自然現象であり、それを呼び起こす手段として入念な作為が準備されるのだ。だが一度ファインダーの中を覗け
ばもう、彼自身が想像していたイメージとも違う、「そこにしか存在しない」光景が広がっているのである。だからこ
そ彼は素直に目の前の光景と向き合い、一瞬の事象を映すことに必死になるのであろう。それこそが事実の発見であり、
否定的な見解を汲みしない力ともなる。
 作為であれ不作為であれ、存在するものには真理が宿ると考えることは許されるはずだ。そして写真として目にする
私達にとって、もはやその光景は疑い様のない事実の記録である。いや、そもそも疑うよりも注視し、没入した方が楽
しいに違いない。「SILENT DRIFT」と題された静かに立ち上る煙は、モノクロームの中に生命の煌めきと瞬間の永続
性を秘め、私達の目を奪わずにはいられない。
                                        
                                        ニュートロン代表 石橋圭吾